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端午の節句の始まりと本来の行事とは?端午はどんな意味?

   


月と日が重複する日を節句と呼び、1年に5回訪れるので五節句と呼び、その節句の一つ、5月5日を端午の節句といいます。近年ではこどもの日と混同されがちですが、本来は全く子供とは異なる日なのです。そんな端午の節句と、端午の意味について説明します。
  

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端午の節句の由来と風習!いつどこで始まったの?

節句の行事の元は、全て古代中国(隋・唐の時代)から直接、または朝鮮半島を経て伝わりまった、大陸起源の風習となります。
また、5月5日の節句行事の事で、日本では飛鳥時代(592年~710年)の頃から、節日として宮中で節会(節句行事)が行われてきました。
 

端午の節句の始まりと日にちの違い!

この行事は陰暦(旧暦)で決められているので、太陽暦(現代の暦)とは日ちにが異なります。
陰暦= 月の満ち欠け= 約28日/毎月
太陽暦= 太陽の動き= 約30日/毎月
 
端午の節句が始まった正確な年代は不明ですが、元となる話は楚(紀元前11世紀頃-紀元前2世紀頃)の時代に遡ります。
 

当時の宰相・屈原(くつげん)が、

政治的陰謀で追い詰められて川に投身自殺をします。

それが旧暦5月5日。

この時に川に飛び込んで助けようとした。

供養として粽(ちまき)を川に流した。

これらが元になり、現在は川下りと粽を食べる日となったのです。

屈原の供養= 5月5日= 月と日が重複する日は邪気を払う= 端午の節句

 
 
 

端午の意味と語源は?

端午節句が分ったところで、「端午」とは、一体どんな意味なのでしょうか?幾つか諸説はありますが、この言葉の意味を紹介します。
 

〇辞書に掲載されているのは・・・

1、月の上旬の5日の日をいう。
2、五節句の一つ。
3、香木の名。
参照:日本国語辞典・小学館
 

〇午の月の、初めの午の日という説

端午の「端」=「初め」という意味。
端午の「午」とは、十二支の「午・うま」という意味
5月(午の月)の最初の午の日→ 5日に替わった。
 

〇最初から5月5日だったという説

晋(265年~420年)の時代の風土紀には「端五」と記されている。
「端午」とは後に変えられただけで、本来は5月5日の「端五」と書いた。
 

〇5月午の日の、午と五が同じ「ご」の撥音が変化したという説

5月は十二支の「午・うまの月」
同じ発音の五日の「五」と午の月の「午」= 「端午」とした。
 

〇因みに、干支の月は次の通り

11月/子の月、12月/丑の月、1月/寅の月、
2月/卯の月、3月/辰の月、4月/巳の月、
5月/午の月、6月/未の月、7月/申の月、
8月/酉の月、9月/戌の月、10月/亥の月
 
 

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端午の節句の5月5日の起源は?

先程の屈原の話とは別で、宗教/思想上陽数(奇数)が重なる日は重要な日でした。そんな別な視点から「端午」を説明します。
 

陰陽の境の日とは?

陰暦の5月には、現在の夏至(6月22日頃)が含まれた月です。夏至とは1年の間で最も日中が長い日の事ですが、昼の時間が短くなり、夜の時間が長くなり始める日でもあります。
 
これを、「陽と陰」「生と死」などが別れる日と見立てた考えが儒教にあったと「礼記・らいき」という経典に記されています。本来の夏至とは多少前後しますが、この境の日が5月5日(午が並ぶ日)と考える事が出来ます。 

例)後漢(1~3世紀頃)の歳時記には次のように記されています。
 
「陽気始めてかけ、陰とく将(まさ)に萌(きざ)さんとす」
 
 

最後に一言

端午の節句とは5月5日で、屈原を供養する為に川下りをして粽を食べる日になり、儒教の思想で午の月の午の日の5月5日が合わさり、現在の日本の端午の節句に変化しました。だから、本来端午の節句と子供とは、元々無関係の日なのです。
 
 
 

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