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おしることぜんざいの違いと語源は?食べ始めたのはいつ頃?

   


お汁粉は、お正月の伝統料理の一つで、甘い小豆料理のことですが、雑煮として食べる地域や、ぜんざいと呼ぶ地域もあります。そんな、お汁粉とぜんざいの違いを、語源と起源を辿って説明したいと思います。
 

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おしることぜんざいの違いは?

小豆を砂糖と一緒に煮た料理を、「おしるこ」と呼んだり、「ぜんざい」と呼んだりします。何となく関西ではぜんざいで関東ではおしること呼ぶような気がする。そんなイメージではないでしょうか?具体的には、次のような違いがあります。
 

関西での呼び方
こしあんで作ったもの・・・「しるこ」
 
粒あんで作ったもの・・・「ぜんざい」
 
※なぜ「しるこ」と呼ぶの?
こしあんで汁を作るとドロリとした汁になります。そこへ焼いたお餅を入れるので、「しるこ餅」と呼ぶようになったと考えられます。
 

関東での呼び方
こしあんで作ったもの・・・「御膳汁粉」
 
粒あんでつくったもの・・・「田舎汁粉」
 
こしあんに粒あんを入れて煮詰めたもの・・・「小倉汁粉」
 
※小倉あんとは・・・京都の小倉山が由来
 

汁粉の起源は?

実はこの「しるこ」とは、元々は小豆料理の事ではありませんでした。「しるの具」のことを「しるこ」と呼んでいたのです。

「しる」・・・汁のこと
 
「こ」・・・実のこと
 
二つの言葉を合わせて、「しるこ」とは古くは汁の実のことでした
 

しるこが食べられていたのはいつ頃?

「寛永発句帳・かんえいほっくちょう」には、「芋の子もくふやしるこのもち月夜」という言葉が残っていて、これは「十五夜の満月の夜に芋の子を汁の実(しるこ)として食べた」という名月の句の意味となります。つまり、寛永(1624~1644)の頃の「しるこ」とは、「汁の実だった」となります。
 

砂糖が日本に伝来!

寛政(1789~1801)頃、砂糖が日本に伝わりました。この頃、甘い小豆の汁が庶民に広がり、これが現代の汁粉やぜんざいに繋がるようになります。
 

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ぜんざいの起源は?

公卿の一条兼良・いちじょうかねよし/かねら(1402~1481)は、「新年の善哉(ぜんざい)は修正の祝着」と言っています。また、同年代頃の一休禅師も「善哉此汁(ぜんざいこのしる)」と言ったと伝わっています。善哉汁とは、この頃が起源ではないかと考えられています。
 
その数百年後、先ほど紹介した寛政の頃、砂糖が伝わり、小豆を煮て餅を入れた食べ方が考案され、善哉餅とは関西で「ぜんざい」という名称が登場して、関東では「しるこ」と呼ぶようになりました。
 

善哉・ぜんざいとはどんな意味?

この言葉は、「感動や褒め称える言葉」という意味や、形容動詞で「良いと感じる様や、喜び祝う様のこと」を指す言葉です。

漢訳仏典の中では、梵語の「sadhu」の約として用いられている。
 
元々古代インドでは、議決の際、賛意を表す言葉だった。
 
参照国語大辞典)
 
因みに、もう一つ、「ぜんざいの語源」があります。出雲の「神在祭」という神事で「神在餅」があり、「じんざいもち」から「ぜんざいもち」に変化したともいわれています。この「神在餅」とは、小豆と餅を出汁で煮た雑煮の事です。これが語源という説があります。
 
いずれにしても、現在の甘い汁を「しるこ」や「ぜんざい」と呼ぶようになったのは、江戸時代(1789~1801)以降ということになります。
 
 

最後に一言

現在、関東と関西で「しるこ」と「ぜんざい」という言葉を使っています。それぞれ分類すると次の様になります。

関東では
「汁気のあるものをしるこ」
「汁気の少ない餡に近いものをぜんざい」

関西では
「汁気のあるこしあんをしるこ」
「汁気のある粒あんをぜんざい」
「汁気の少ないものを亀山」

 
それでは、お正月に限らず、お汁粉やぜんざいをお楽しみください。
 
 

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