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土佐の一條大祭の始まりと詳細情報!どんな歴史があるお祭り?

   


 
一條祭りというお祭りが、毎年、土佐小京都と呼ばれる中村市で開催されています。このお祭りは「いちじょこさん」で親しまれてきた、高知県を代表するお祭りの一つなのですが、いつ頃始まった、どんななお祭りなのか紹介します。
 

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土佐の一條大祭はどんなお祭り?

この「一條大祭」とは、高知県中村に位置する「一條神社・いちじょうじんじゃ」の年中行事の一つです。四万十川の河口に位置する四万十市という言い方もできますね。どんなお祭りで、いつ頃、なぜ始まったお祭りなのでしょうか?
 

一条大祭はどんなお祭り?
・京都の賀茂御祖神社・かもみおやじんじゃ(下鴨神社)から頂いた御神火を「御神火行列・ごしんかぎょうれつ」で一條神社に運びます。境内では「奉納神楽」が行われます。
 
・母親と着物を着た子供達が町を歩く艶やかな「稚児行列」が名物!

・一條大祭が正式名称ですが、地元で昔から「いちじょこさん」と、ちょっと可愛い通称で呼ばれています。
 
・毎年11月22日~24日の3日間開催されます。勿論、出店もあります。

 

一條大祭の始まりはいつ?
「1862年」・・・お祭りの始まりでもあり、一條神社が建てられた年でもあります。
  
 

一條大祭にはどんな歴史があるの

このお祭りは、開催地の一條神社に由来していますが、この発祥は江戸時代、神社の前身となる一條氏とこの地の関係は、室町時代に遡ります。
  

一條大祭の始まりと歴史!

室町時代末期。つまり戦国時代の真っ只中、”応仁の乱”を避けるために、奈良から公卿の一條教房が避難します。この避難先は、自領である土佐の南西部一体で、館を現在の四万十市中村に建てて住んだのが始まりです。
 
その後、一條家は滅びますが、遺臣(残された家臣)によって1607年に祠が建てられます。1862年に、土佐藩の幡多郡の総鎮守として、その祠が一條神社として建てられました。
 

なぜ中村は小京都と呼ばれるの?

一條家が土佐に移ったとき、中村の町を京都の様に碁盤の目のように作りました。京を懐かしんだともいわれています。そして、京都に似た古い町並みというところから、小京都と呼ばれるようになりました。
 

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一條大祭のアクセスと詳細情報は?

四万十市は高知市の西に位置しています。電車と車で行く事が来ます。ただし電車の本数は、都会のように毎2、3分の運行ではないので、時刻表で確認してくださいね。
 
因みに、中村線と宿毛線の終点が中村駅なので、高知方面と宿毛方面のどちら向かっても分かりやすですよ。車の場合はナビを頼りにどうぞ!
 

お祭りの開催情報
開催日・・・11月22日~24日
 
お問合せ先・・・(0880)34-1555/ 一條大祭奉賛会
 

一條神社の場所と行き方
開催場所・・・一條神社
 
TEL・・・0880-35-2436
 
住所・・・高知県四万十市中村本町1-3
 
アクセス・・・JR・中村線/宿毛線・中村駅→ 車約5分/徒歩約1.5km
 
その他・・・「四万十市周辺の観光情報
 

 
 

最後に一言

秋の四国旅行へ旅行に行くなら、四万十川の観光とこの一條大祭を見てみてはいかがでしょうか?稚児行列と一緒に町を歩いて小京都を堪能することができそうでね!
 
 

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