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日本の綱引きの始まりと歴史は?いつ何をする行事?

   


 
運動会の種目の一つの綱引きは、年齢を問わず定番ですよね。また、以前はオリンピックの種目だった世界的なスポーツです。一方、日本では綱引きは古代から行われてきた、民衆の行事でした。そんな、日本の綱引きにはどんな歴史があるのでしょうか?
 

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綱引きの日本での始まりと歴史は?

現代の綱引きは、同等の条件(人数、年齢など)の元、勝敗を競う競技です。また、1900年~1920年の夏季オリンピックでは正式種目として行われていましたが、同様に勝敗を競っていました。昔の日本ではどうだったのでしょうか?
 

古代日本の綱引きはどうしていたの?

村、神社、地域社会では、年中行事として綱引きを行っていました。ただし、現代のように左右で綱を引き合うだけではありませんでした。
 
「最初から勝つ方が決められている」
「綱を引く/担いで村を回る」
「綱を地面に叩きつけて地域を回る」
 
この様に、綱=注連縄を持って、一定の地域や範囲を回るという行為や、お互い引き合う行為に意味があったと考えられます。
 

何故綱を引いていたの?

注連縄は神様や神聖な場所をしきるという役割がありますが、それ以前に、収穫したイネ類の藁を編むところから、豊作を祝う、五穀豊穣を願うという意味でもあります。
 
他にも、一年の始まり頃に行う”年占い”として考えられています。例えば、福井県では二組に分かれ、一方が勝てば豊漁、もう一方の場合は豊作。道祖神の火祭り。地域で分かれて綱を引い合い、勝った方が幸にがくるなど、その年の一年を占うのが、元になっているという説があります。
 
 

十五夜には相撲をとってと綱引きをする?

十五夜はすすきとお団子を飾って月を見る、というのが定番ですよね。そこに、相撲や綱引きを引き合いに出せれても、何の事だか分からないと思います。十五夜の伝統行事に、綱引きと相撲を行っている地域がありました。因みに、九州では春に山から竜神を迎えて、十五夜の頃山に送りますが、他の地域では田の神様と考えられます。
 

十五夜に綱を引くのはなぜ?

この習慣は九州の南部に多く定着していて、綱に稲穂を着けたり収穫した作物を着けて引きます。他にも、綱を蛇や竜に見立てて飾ったり、綱を輪にして地面に置き中で月を眺めたり、藁で草履や人形を作って吊るしたりするなど、収穫を祝う民俗的習慣があります。
 

十五夜になぜ相撲をとるの?

先程の、綱引きで切れた綱を土俵に丸く敷いて、その中で相撲を取ります。元々、相撲は神事でしたし、切れた綱を飾ることから、神様への豊作祈願や、細長い綱を竜/蛇へ見立てた信仰と考えられています。
 

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綱引きはお盆と正月の行事?

こうして見ると、年中行事としての綱引きの風習は、「年明け」と「十五夜」に行われていた事が分かります。この十五夜とは旧暦にすると大体8月15日頃となります。
 

正月の綱引きは?

最初に少しだけ触れた「年占い」としての綱引きは、主に小正月(1月15日)頃に行われて、その年の先行きを占うために行っていたと考えられます。
 

十五夜頃の綱引きは?

旧暦の8月15日頃となりますが、収穫の時期なので、その年の収穫を祝う為に綱を引いていたと考えられます。また、翌年の豊作を願うということも考えられています。
 
 

最後に一言

近年の綱引きは、スポーツで勝ちと負けを競っていますが、元は「占い」と「収穫」に関わる年中行事でした。それが現在のとおり定着したんですね。
 
 

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