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炭の季節と炭造りの季節はいつ?日本の炭の活用と歴史!

   


  
春になると、お店に並ぶ炭の量が増えて、世間ではBBQが盛んになります。そのBBQの真っ盛りと言えば夏!そう考えれば、炭の季節も夏と思うかもしれませんが、実はちがいます。そんな炭の季節と日本での炭の歴史について説明します。
 

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炭の季節はいつ?

現代において、炭を使う時期は春~秋にかけてBBQをするときだけで、他に生活で必要な場合はありません。今は電気とガスで生活しているからです。それでは、昔の日本の生活と炭の関係はどうだったのでしょうか?
 

炭を使う季節は?

昔は、暖をとるのも、物を作るのも、全て炭か薪でした。だから、特に冬は炭が重要で生活に欠かせない物でした。また、鉄や銅製品を作るときにも熱が必要だったので、炭が重宝されていました。その大半が、現代ではガスと電気に変わったというわけです。
 

炭造りの季節は?

そんな生活に欠かせない炭造りは「冬」に行われていました。また、昔風の炭造りの方法は、匂いと煙がきつかったので、街はずれや里山で作られていました。だから、その名残で「冬の空に立ち込める炭の煙」というのが現代に伝わっているので、「炭の季節は冬」となっています。
 
 

炭の日本の歴史は?

日本の生活では暖をとる他にも、生活で使用することはご紹介しましが、一体いつ頃からどのように使われてきたのでしょうか?
 

日本の炭の始まりは?

日本最古の炭は約30万年前の新石器時代と言われ、愛媛県鹿の川遺跡から木炭が発見された物です。それから弥生時代~平安時代頃までは、古代の製法と同じ方法で焼かれていたと考えられています。しかし「製炭」、つまり炭造りが本格的に始まったのはいつ頃なのかは分っていません。
 

炭の使用が盛んになるのはいつ頃から?

日本の歴史を見ると、古墳時代には鉄の精製が、弥生時代には青銅や鉄の精製が盛んになります。鉄も銅も精製には強い火が必要ですが、その原料が炭です。そして、平安時代頃からより強い火力になるよう、炭の製法と種類が変化して現在に至ります。つまり、鉄の製造と炭の需要が比例している訳です。
 
また、中国ではお墓に炭を入れる習慣がありましたが、日本でも古墳に用いられていたことが判明しています。四世紀後半に作られた、現在の川崎市幸区白山古墳。奈良の大安麻呂の墓など。この頃の古墳は、垂直に地面を掘り、底に木炭を敷き、その上に火葬した骨を治めた木柩を置き、周囲を約20cmの黒炭で覆うものでした。
 

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炭の作り方の違いは?

現在は、炭竈(かまど)で木を炭にするのが当たり前ですが、当時は竈というものが存在しませんでした。それでは、どうやって炭を作って、どのような違いがあるのでしょうか?
 

炭の製法の違いと種類の違いは?

・炭竈を使わない方法
日本の昔の焼き方で、伏焼きともいいます。粘土質の窯の様な設備で、煙と共に水分を抜きながら作る方法で「黒炭」が作られていました。この方法が「奈良時代頃まで」が主流でした。
 
・炭竈を使う方法
この炭の作り方は、「平安時代頃から主流」となった焼き方で、現在もほぼ同じ焼き方です。分かり易く説明すると、石や煉瓦で作られた釜で焼き、金属や土器などを高温で焼く、「白炭」を作るのに適した炭ができます。
 

炭の生産と建造のとは?

古代最大の鋳造は、752年に作作られた奈良の東大寺の大仏でしょう。この鋳造に使われた炭の量は、1万1千656斛(こく)と「東大寺要録」に伝えられています。
※斛(こく)とは・・・100升(しょう)=10斗(と)=1斛
 
正倉院文章には、例えば「荒炭12斛、和炭6斛」と2種類の炭が記載されています。この炭の種類の違いは次の通りです。
「荒炭=堅炭・かたすみとは、土や石の炭竈で焼く」
「和炭・にこすみ=松などの柔らかい木が原料を蒸し焼き」
「炒炭/熬炭・いりすみとは、和炭と荒炭をもう一度焼いた物」
 
炭の種類によって、炎が立ちやすい、火力は弱いが長く燃えるなど特徴があります。その為、製造物ごと使用する炭の量と調達する量が決まっていました。
鏡一面には「熬炭・いりすみ5斗、和炭5斗」
腰車(輦車・れんしゃ)には「荒炭9斗、和炭廿四解、熬炭5斗、焼土5斗」
 
 

最後に一言

炭とは、木材の空気と水分を抜いた、炭素で構成された物の事です。(木炭ともいう)この作業は、郊外の里山などで行われていたため、生活に密着した冬を象徴する景色でした。それでは、そんな炭の歴史の話でもしながら(?)、夏に限らずBBQをお楽しみくださいね。
 
  

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