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冷麺はどこで始まった食べ物?発祥地の歴史と地域の違いは?

   


  
冷麺とは、韓国を代表する料理の一つというのはご存知の通りです。でも、韓国料理の他に、盛岡にも冷麺があります。一体この冷麺とはどこで始まった、どんな料理なのでしょうか?そこで、冷麺の歴史と盛岡と韓国冷麺の違いについて説明します。
 

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冷麺の歴史!

冷麺とは、黒に近い灰色の麺の事を指します。そしてこの冷麺は、日本では韓国の伝統料理とイメージが定着しています。それでは一体、いつ頃作られるようになった、どんな料理なのでしょうか?
  

冷麺の由来は?

今でこそ、冷麺は韓国料理としてメニューに並んでいますが、近年の1950年に入ってきた料理なんです。朝鮮戦争の際、北から南に逃れた人が、現在の韓国に広めました。
  

冷麺とはどんな料理?

麺は、「そば粉・小麦粉・デンプンなど」で作られています。つまり、日本の蕎麦と原材料が殆ど同じなんです。ただし、そば粉と小麦粉だけの蕎麦に対して、デンプンや酒精や塩を入れるなど、配分と原料の違いから食感が全く違うのが特徴です。
  
次に汁は、牛の骨でとったダシに味付けをして冷やします。これだけでは味が薄くい人は、キムチや酢などを追加して味を濃くさせます。
 
 

盛岡の冷麺の歴史は?

日本で冷麺が有名な地域ときかれたら、盛岡が真っ先に思い浮かべるのではないでしょうか?それでは、盛岡の冷麺はいつ頃、どうやって始まり、どんな特徴があるのでしょうか?
 

盛岡の冷麺はいつ始まったの?

1954年に、朝鮮から日本に移住した方が、盛岡でお店を開業しました。故郷で食べた味を再現して売り出したところ、特徴のある本来の冷麺の麺が日本では受け入られませんでした。そこで、研究してそば粉から小麦粉に変えたのが、現在の冷麺だと言われています。
 

盛岡の冷麺とはどんな料理?

麺は「小麦粉・デンプンなど」で作られています。汁は本来の「牛骨ダシ」、具材は「キムチなど」朝鮮半島特有の味付けされた野菜が入ります。つまり、本来の冷麺が韓国風で、日本風にアレンジされたのが盛岡ということになります。
 

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冷麺の発祥地はどこ?

この冷麺の「発祥地」は、ちょっと情報が入手しずらい、現在の北朝鮮と言われています。ところが、一か所ではなく二ヵ所あるんです。
 

冷麺の発祥は2ヵ所ある?

本来の冷麺には、2種類あるのをご存知でしょうか?「平壌発祥のムルレンミョン」「咸興発祥のビビンネンミョン」があります。そう、平壌と咸興で冷麺の種類が異なります。
 

平壌と咸興の冷麺の違いは?

平壌のムルは、汁に入った冷麺の事です。日本でもおなじみのタイプです。咸興のビビンは、混ぜるという意味で汁なし、コチジャンなどのタレと絡めて食べるタイプとなります。
 

いつ頃始まった料理なの?

洪錫謨(こうしやくぼ)という人物が、李朝末期に「東国歳時記・1849年」という朝鮮半島の風俗を記した書物に、冷麺が記載したが初見となります。日本では江戸時代が終わる間際頃に生まれた料理なんです。
 
 

最後に一言

今回ご紹介した冷麺は、私達にとって暑い夏に啜りたくなる料理ですが、本場は寒い冬に食べる料理だったそうです。暖房施設の都合上、外は寒くても部屋が暑くなるので、冷たい料理を食べていたからなんです。それでは、夏に限らず冷たい料理を啜りたい時に、冷麺はいかがでしょうか。
 
 

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