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年越しうどんと年越しそばはどちらが正解?どの地域がうどん派?

      2017/10/24


 
大晦日の晩、年蕎麦を食べるというのが、ほぼ日本全国で定着していると思います。でも、なぜ蕎麦を食べるの?というと、どの諸説も縁起担ぎなんです。一方、うどんを食べるという地域もあります。それでは、年越しには何を食べるのが正解なのでしょうか?
 

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年越しそばと年越しうどん正解はある?

日本で蕎麦の始まりは、723年の奈良時代に栽培が推奨されていることから、更に昔だったことが分かります。
 
一方、うどんは残念ながら発祥には諸説があるので、いつ始まったかは不明ですが、奈良時代~平安時代が始まりと言われています。
 

蕎麦の麺が登場するのは何時頃?

元々は、そばを捏ねて団子状にして茹でた「そばがき」や、団子状にした蕎麦を焼いた「そば焼き」でした。その後、1574年に寺の修繕工事のときに、「蕎麦切り」が振舞われたと、最初に「蕎麦切り= 細切りのそば」と文献に登場します。
 
因みに、うどんは汁と麺の組み合わせは江戸時代初期頃と言われています。そばが麺となるのとほぼ同時期となります。
 

年越しそばはいつから?

1756年頃に年越しそばという言葉が眉斧日録にあるといわれているところから、江戸時代の1603年~1868年には定着していた事が伺えます。
 
こうしてみると、蕎麦もうどんも大体同じ頃に麺として登場しています。そして、旧正月と現代正月なのかは別として、月末にササッと簡単に食べる習慣が庶民に定着していたからだと考えられます。つまり、簡単に食べられるものなら何でも構わないという事になります。
 
 

年越しそばはなぜ食べる?

問題の、なぜ年越しそばを食べるか?ですが、五円玉を賽銭するとご縁があるのように、語呂や、細長いから縁が長続きする、切れやすいから縁起の悪いものと縁を切るなど、突き詰めると根拠のない縁起物という食習慣なんです。
 

晦日そば

毎月末、そばを食べる習慣が江戸時代にはあったと言われています。これを「晦日そば」といいます。江戸時代も今も月末になると、商いをする人達は集金や支払いなど忙しくなります。この時、使用人を労うためにそばを出したのではないかと考えられます。
 
その後、毎月食べていた晦日そばの習慣が薄れて、1年の終わりの12月末の大晦日だけ蕎麦を食べる。という習慣が残ったと考えられます。
 

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年越しうどんを食べる地域はどこ?

うどんという食べ物は、江戸時代の始まり頃、全国的に広まったといわれています。そう考えると、1年の終わりに小麦粉で出来たうどんを食べるという行為があっても可笑しくはありません。
 

年越しにうどんは食べる?

讃岐、水沢、稲庭など、うどんが名産の地域では、年越しにうどんを食べる習慣があったといわれています。因みに、讃岐は香川県、水沢は群馬県、稲庭は秋田県と、偏った地域性ではなく、全国の小麦粉の産地で年越しうどんを食べることが多いようです。
 
 

最後に一言

ちょっと乱暴な言い方をすると、「晦日に簡単に食べられるもの」と考えれば、年越しそばでも年越しうどんでも構わないという事になります。
  
どうして年越しにそばをたべるのか?これは、縁起が良いという理由を後からつけて食べていたからなので、今でもその習慣でそばを食べても良いし、意味がないからうどんでも、ピザでも好きなものを食べるぞ!でも構いません。それでは、好きなものを食べて、健康に楽しく年を越してくださいね。
 
  

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