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千歳飴はどうして七五三のときに食べる?他の飴との違いは?

   


 
千歳飴という飴がありますよね。どうして七五三のときにこの飴を食べるの?とそんなことを考えたことがありませんか?この千歳飴とは、飴細工の一つですが長寿と願った縁起物でもあります。そんな飴について紹介します。
  

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千歳飴を食べる理由はなぜ?

七五三の時に千歳飴を食べますが、何故食べるの?というと「長寿の縁起物」だからですが、どうして長寿の縁起物なのでしょうか?。
 

千歳飴の名前の由来は?

江戸時代頃は、まだ今ほど長寿ではありませんでした。そこで、子供の健康を祈願する七五三のお参りの時に長生きするように作られたのが始まりと言われています。
 
※七五三は明治時代に入ってから呼ばれるようになった呼称です。
 

千歳飴の始まりは?

二つの説があるので両方紹介しますね。残念ながら定説は不明です。

・江戸時代に、浅草の飴屋・七兵衛が、「千年生きる= 長生き」というところから千歳飴という細工飴が売り出しだしたという説。
 
・大阪の平野屋甚左衛門が、「長生きする= 千歳」というところから千歳飴として売り出したという説。
 
 
 

千歳飴と飴細工の歴史とは?

飴細工の一種の千歳飴は江戸時代に始まりましたが、飴細工の元はまた別です。中国の職人が平安時代に様々な形の飴を作って売った、というのが始まりと伝えられています。
 

飴細工はどこで始まったの?

現在のような飴細工は、江戸時代に江戸で始まったという説があります。飴がまだ柔らかいうちに、切って、膨らまして、形を作って、着色するという技法が用いられていました。
 
この16世紀頃には、有平糖(あるへいとう、ありへいとう)という南蛮菓子の一つの飴がありますが、高級な茶菓子として用いられ、重宝されてきました。この頃には飴細工が定着していたことが伺えます。
 

飴の始まりはいつ頃?

初代・神武天皇の頃を書いた「日本書記の一部」に「飴」の文字が登場します。つまり、西暦約700年頃にこの書物が発行された当時、飴が存在していたことが伺えます。ただし、神武天皇の紀元前7世紀頃に本当に飴があったかどうかは確かではありません。
  

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七五三のお祝いは何故?

千歳飴を用いて七五三にお祝いをするのは何故?と疑問が湧いてきませんか?
 

七五三と飴の関係は?

飴と七五三自体は何の関係もありません。ただ、飴屋が千歳飴を作ったとき「飴のように長く伸びる」「長く伸びる様に長生きするように」というところから「千年生きる= 千歳飴」としたという説が伝わっています。ただし、これが大阪なのか江戸なのかは定かではありませんけど・・・。
 

七五三の背景を考えると・・・

江戸時代の子供の生存率が今ほど高くなかったと言われています。だから、体の弱い徳川3代将軍の四男が11月15日という鬼宿日に健康祈願を行い、その日の縁起物の食べ物として「長く伸びる= 寿命が延びる」と願った背景がうかがえます。
 
 

最期に・・・

七五三の千歳飴はこの様な背景の中、市民に親しまれてきましたが、飴細工は西洋でも同じような技法で11世紀頃から親しまれてきたんです。
 
西洋と東洋と全く異なる地域で、交わることのない飴細工文化が、類似した技法で発展してきたことには驚かされることだと思います。そんな、細工飴の一種の千歳飴にも歴史があるという事なんですね。
 
 

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