あっとすしでほっとして

日本で梅干しを食べ始めたのはいつ頃?梅干しの歴史と発祥地!

   

 
380 日本で梅干しを食べ始めたのはいつ頃?Top
 
日本人に身近な食べ物に“梅干し”がありますよね。昔からおにぎりには欠かせない食材ですが、日本ではいつ頃から食べ始めたのでしょうか?そう考えると、どこで始まった食べ物なのか疑問が出てくると思います。そんな梅干しの歴史について紹介しますね。
 
 

スポンサードリンク

日本での梅干しを食べ始めたのはいつ頃?

梅干しは薬として用いられていました。勿論、食用として食べていましたが、最初はお目出度い食材でもあったんです。
  

日本の薬としての梅干しの始まり

「医心方」という、平安時代中期~後期(950年頃~1100年頃)にほぼ書き上がった、日本では最も古い医学書に梅干しが登場します。
この医学書は、中国の医学書を引用していますが、日本人が実際に食べていたかは不明です。
 
言い伝えでは、平安時代に天皇が病を治すために用いたとありますが、そこは言い伝えなので資料に残っている訳ではありません。
 

食用としての梅干しの始まり

「世俗立要集」という鎌倉時代の文献に”梅干し”が登場します。この本に記載されている梅干しが、最も古い資料と考えられています。
※世俗立要集とは・・・鎌倉時代末期に書かれた、日本で最古の料理書
  
つまり、確実に梅干しを食べ始めたのは、平安時代後半(794年~1185年)から鎌倉時代(1185年~1333年)の初期頃でと考えられます。
 
 

スポンサードリンク

梅干しの歴史と発祥地はどこ?

「ウメと梅干の発祥地は中国」になります。
中国ではどの様にして、梅干しが用いられていたのでしょうか?
 

中国でも梅干しは薬?

腹痛、解熱、腹下し、腸内の洗浄などの薬として使っていたとあります。この中国医学が日本に伝わって、翻訳されたんですね。
 
また、古代中国では”鴆(ちん)毒”を消す薬として梅干しを用いたという説が伝わっています。この鴆毒とは、”鴆”という鳥の羽には猛毒があり、この羽を浸した酒を飲まして暗殺したり、自殺したりするのに用いたといわれています。
 

中国ではいつ頃から梅干しを作っていた?

一説によると、紀元前200年頃に出土したツボの中で梅干しを作っていたと考えられています。
 
「斉民要術」という、532年~579年に書かれた世界で最も古い「農業専門書」があって、この文献に「梅干しの作り方」が紹介されているのが、最も古い作り方の資料となります。
 
残念ながら、532年頃以前の資料がないため、実際にいつから現在のような梅干しを作っていたのかは不明です。
 
 

最後に一言

梅干しの歴史をまとめると
 
もしかしたら梅干しを食べていた・・・紀元前200年頃
梅干しを食べ始めたのは・・・「500年頃」以降
 
日本で梅干しを薬にしていたのは・・・「950年頃~」
日本で食べ始めた記録があるのは・・・「1000年頃~」
 
因みに、赤い色の梅干しは江戸時代に入って、赤しそと一緒に浸けるようになってからなんです。それまでは、熟した梅を塩に3日くらい浸け、天日干し、乾いたら完成!だけなので、赤色ではなかったんです。
 
梅の花が咲くと、花見の時期が来たことを感じますよね。花見のときや街中で梅の花を見かけたときの話のネタにどうぞ!
 
 

スポンサードリンク

ブログをメールで購読

メールアドレスを記入して購読すれば、更新をメールで受信できます。

 - 春の食材