あっとすしでほっとして

昆布と数の子はいつ頃日本に広まった?なぜお正月の縁起物?

   

 
364 昆布と数の子はいつ頃日本に広まった?Top
 
お正月の縁起物の食べ物に、昆布や昆布巻きや数の子があります。どちらも関東や関西では捕れない食材ですが、なぜか昔から縁起物としてきました。それではいつ頃どこから来た食べ物で、どんな縁起物としてきたのか紹介します。
 
 

スポンサードリンク

昆布と数の子が縁起物になったのはなぜ?いつ頃?

お正月のお節料理に「昆布・昆布巻き」と「数の子・数の子昆布」がありますよね。どうして縁起物?という由来は知っている人も多いと思います。
 
 

昆布と数の子はどんな縁起物?

●数の子
沢山の卵がついているところから、「数が多い卵→ 子宝/子孫繁栄」といわれています。
 
●昆布
「よろこぶ→ こぶ→ 昆布」という、語呂からきているという説が一般的ですが、俗説だという説もあります。 
コンブ・コブの古名を「ヒロメ」といいます。江戸時代の「東雅」という本によると、その名前自体がめでたい「ヒロメ→ 末広がり」という説だと記されています。その記載内容は次の通り。
 
「ヒロメというは、その広きをいうなり、俗に昆布を祝いものなりなどというは、ヒロメの名にとりしなり」
「コンンブをよろこぶの義なりなどというは近俗に出しところなり」
 

昆布の始まり

それでは、どこで昆布を採り始めて、いつ頃日本に広まったのでしょうか?
日本の昆布は、北海道の松前町から始まったといわれています。
※参考資料:上野国立科学博物館資料
 
・松前町から秋田県周辺に伝わったのは約7~8世紀。
・松前船と呼ばれる日本海の航路で、京都・若狭湾に伝わったのは14世紀頃。
・14世紀頃~17世紀頃、北陸から関西に昆布が広まります。
・18世紀頃、江戸と釧路と九州から沖縄に昆布産業が伝わります。
 
つまり、昆布は7世紀頃始まり、14世紀頃関西を中心に広まり、18世紀頃日本全土に広まったということになります。因みに18世紀というと、江戸中期~末期頃、今の東京に伝ッたのは結構最近なんですね。
 

数の子の始まり

数の子を最初に食べた人や産地は分かりませんが、昆布とセットで考えることができます。数の子はニシンという魚の卵で、昆布など海藻に産卵します。ニシンと昆布をとって食べている間に、このニシンの卵「子持ち昆布」を食べるようになったのではないでしょうか。
 

なぜ数の子という名前がついた?

数の子の名前の由来は、ニシンが”かど”と呼ばれていました。その子供だから「かどの子」となって、のちに「かずの子」となったといわれています。
 
因みに、現在の数の子は塩漬け”で食べますが、昔は”干した数の子”が主流だったんですよ。どちらも水に戻して食べるという意味では同じですが・・・・。
 
 
 

昆布と数の子はどこからきたの?

昆布と数の子はどこから始まったの?

昆布の始まりは北海道の松前町から始まった伝わっています。そして、北海道や東北で春が旬の魚はニシン、別名「春告魚」という呼ばれていて、このニシンの卵が数の子、その卵を産卵する場所が昆布や海藻なんです。
 
こうして江戸時代までマイナーだったニシンが、近代に入ってから北国の春の名産となりました。因みに過去形なのは、一時期は年間約100万トンの水揚げ量だったのが、現在は年間約4~5千トンと漁獲量が激減。
 
現在は、ニシンも数の子も海外からの輸入に頼っているので、北国の名産とは言えなくなりつつあるんです。
 
ニシンの産卵地・・・「北海道日本海側沿岸= 数の子の産地」
昆布の始まり・・・松前・函館付近といわれています
 

昆布と一緒にニシンが伝わる?

ニシンの卵、つまり数の子には昆布や海藻が不可欠です。その昆布を捕っていたら数の子付きも捕れて広まったと考えられます。
「ニシン→ ニシンが昆布に産卵→ 子持ち昆布/昆布」
 
こうして14世紀頃の室町時代、松前から京都に昆布と子持ち昆布が一緒に伝わりました。
 
 

スポンサードリンク

昆布と数の子の由来と歴史について

京都に伝わった14世紀頃はまだ、東北の日本海側でもニシンが捕れていたので、ある程度沿岸部では食べられていたと思いますが、日本全国にニシンが広まったのは明治に入る頃。つまり、魚よりも卵と卵のついた昆布が先に日本に広まったのです。
 

縁起物として

昆布と数の子が京都に伝わったのが14世紀頃ということは、縁起物としてお正月に食べるようになったのは、14世紀以降ということになります。そして、京都・奈良・大阪付近で縁起物として扱われた習慣が、現在日本全国に広まったと考えられます。
  
  

昆布と数の子の産地の拡大

今でこそ、羅臼昆布、利尻昆布、日高昆布など、産地名が入った昆布が多く流通していますが、昔は松前や函館が産地でした。
 
現在のように北海道北部の昆布は近年に入ってから、18世紀~19世紀頃になって捕られるようになったんです。こうして見ると、昆布の産地の拡大とニシン漁の本格的になったのと、昆布漁が盛んになったのが同じくらいの時期なんです。
 
京都を中心に関西では、14世紀頃には昆布や数の子や子持ち昆布が伝えられて、縁起物となります。その後、関東地方には、江戸時代末期・18世紀頃二つのルートで伝わります。
「松前→ 日本海・若狭湾→ 下関→ 大阪→ 江戸」
「松前→ 太平洋・江戸」
 
 

最後に・・・

遥か昔から昆布を食べる習慣が北海道が東北地方にありましたが、お正月の縁起物として備えるようになったのは、14~15世紀頃前。しかも、東京を始め関東付近ではまだ、200年~300年の歴史しか経っていないんです。
 
それぞれの縁起ものとして、
昆布・・・・・・ヒロメという古い名称が末広がりだから
昆布巻き・・・良縁に恵まれるように”縁を結ぶ”
数の子・・・・・子宝、子沢山から子孫繁栄
  
お正月の話のネタとして、豆知識として頂ければ幸いです。
それでは、良いお正月をお過ごし下さいね。
 
 

スポンサードリンク

ブログをメールで購読

メールアドレスを記入して購読すれば、更新をメールで受信できます。

 - 冬の食材